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2011年(平成23年)2月12日(土) 

金沢八景駅 1039
新杉田駅   1156
関内駅    1401
 三浦半島一周も佳境である。三連休の中日で、今日は東海道の続きを行こうと思ったが天気が雪なので、三浦半島の締めに行く。
 金沢八景駅を出発すると、すぐに瀬戸神社がある。
主神の大山祇命は伊予国(愛媛県)大三島の大山祇神社、伊豆国(静岡県)三島大社の祭神と同神で、港の神海上渡航の神交易の神として古来より信仰され、交通安全・旅行安全・商売繁盛の守護神として知られています。

 また同時に、そのお名前の通り山の神であり、森林そして水源地を司られることにより人間の生命に直結するお働きを顕しておられることはもちろん、金属・岩石・木材・鳥獣・草花などの建築資源・生活資源の多くはこの大神の恩恵によるものです。

 また、天孫瓊瓊杵尊の后神となられた木花咲耶姫の御父神であり、皇室の外戚として国土の経営にも御功績を現わされています

鎌倉時代、幕府を開いた源頼朝は、伊豆での挙兵にあたって御利益を蒙った伊豆三島明神(三島大社)の分霊をこの「せと」の聖地に祭り、篤く信仰しました。

社殿の造営もおこなわれ、今日のような神社の景観ができ上がったのは概ねこの頃のことです。

 以後、金沢(六浦)の地は港町として発展し、鎌倉と関東一円を東京湾や利根川を水系利用して結ぶ水上物流の集散地となりましたから、執権北条氏、ことに金沢に居を構えた金沢北条氏、また足利氏や小田原北条氏の崇敬も篤いものがありました。

ことに江戸時代には徳川家康は社領百石を寄進しています。
そして武家のみならず、名勝金沢八景の中心の神社として江戸の町民にまで広く崇敬者はひろがり、文人墨客も多く当社を訪れました。

明治四十年郷社に列格、戦後は宗教法人となり神奈川県神社庁献幣使参向指定神社となっています

伊藤博文公の憲法草創の記 シーサイドラインの下を走る
次は高速道路の下 本牧神社
本牧神社。以下ネット。

本牧岬の先端(本牧十二天一番地)に張り出した出島の中に鎮座し、巨古木蒼然たる杜に囲まれ、鳥居の脚元には波濤打ち寄せる風光明媚な鎮守様でありました。
 その様子は江戸名所圖絵にも「本牧塙 十二天社」として描かれ、江戸湾を往来する廻船からは航海安全、地元民からは守護神と崇められ、本牧十二天の地に八百年以上も鎮座してあつい信仰を受けていたのです
本牧神社から、高級住宅街を望む 周富徳の家か?
本牧商店街。風変わりなテント 市電車庫跡地

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