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2011年(平成23年)11月20日(日) 

桜木町駅〜日ノ出町駅〜南太田駅〜弘明寺〜上大岡〜県道22号線〜打越〜栗木〜上中里〜釜利谷西〜横浜自然の森

 7時半〜10時半頃
 
   

  今日のお昼は、横浜自然観察の森でバーベキュー。その前に腹をすかせるために長距離ランニング。
 今日の目的は、京急線普通電車の旅の弘明寺編というパンフレットで、横浜最古の寺、弘明寺観音というのがあったので、桜木町からそこを通って上郷森の家に向かうことに。
 日ノ出町は歓楽街だ
   
 古いがディープな商店街 井土ヶ谷近くの住吉神社 
   
 弘明寺のすぐ隣が京急弘明寺駅  ここも古い
 
 ちょっとした丘の上  
 
 身代わり地蔵  
   
   弘明寺から見える風景
 以下、弘明寺の内容(ネットより)

今から1300年近く前、元正天皇の養老5年(721年)にインドの善無畏(ぜんむい)三蔵法師が渡来、それから17年を経て聖武天皇の天平9年(737年)、天下に悪病流行の際、河内和泉の国の僧行基が勅命を奉じて、天下泰平祈願のため全国を巡錫(じゅんしゃく)し、当山の浄域に草庵を作り、一刀三礼(一刀刻む毎に三度礼拝する)の至誠を尽くして彫刻祈願されたのが、現在の御本尊十一面観世音菩薩様です。

嵯峨天皇の弘仁5年(814年)には、弘法大師が回国の際、一千座の護摩を焚いて庶民の除災招福を祈願したと言われています。

そして寛徳元年(1044年)3月10日、光慧上人により瓦葺き本堂が建立されました。御本尊様の彫刻予想年代とこの本堂建立の年代がほぼ一致することから、この頃が実際の開山と思われています。

鎌倉時代には、「求明寺」と称されていたものを、観音経偈文(かんのんぎょうげもん)の中の「弘誓深如海(ぐぜいじんにょかい)」の「弘」の字をとり、「求」を改めて現在の弘明寺となりました。
   
 弘明寺商店街
 
 こんな横浜でも農業まつり 釜利谷の丘から見える海 
   
 閑静な住宅街 森の家 

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