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平成30年4月22日(日)

 西月ヶ岡遺跡

自宅から根室市西浜町(約5km)
 
 本日の午後に時間ができたので、西浜町にある「西月ヶ岡遺跡」まで走る。25年前に住んでいた時にもあったが、現在は歴史マニアになったので、楽しみである。
 絶好のランニング日和の快晴中、自宅から宝林町を通り、テニスコートやスケートリンクがある運動公園を突っ切り、西浜町に入る。
 西浜町の西のはずれ、高台に遺跡はあった。北側の根室海峡の向こうに国後島と知床連山が一望できる眺めの良い場所である。そして、25年前にはなかった詳細な説明板がある。
 説明板によると、キナトイシ川右岸の標高8〜27mの台地に350以上もの竪穴住居跡が残り、住居があった時代は擦文時代の終わりの12〜13世紀頃と推定されているそうだ。350戸で1戸当たり4名で考えれば単純に考えて、1400人もの人々が、魚を獲って作物を栽培し暮らしていた一大集落だっただろうと想像すると感慨深い。
 遺跡時代は入り口の案内板以外は、特段の説明板ものはなく、笹原の踏み跡沿いに竪穴住居跡の窪みが点在する。
 擦文文化は、6〜13世紀ころに北海道を中心に分布した文化で、土器の表面に刷毛を撫でつけたようなあと(擦痕)があるので擦文と言われている。擦文文化は床が方形で竈の付いた竪穴を作るなど東北地方の文化の影響を受けているそうであり、この北海道の最東端の根室が当時でも東北と交流があったと考えると改めて感慨深い遺跡訪問となった。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
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