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津別町 ツペットウンチャシ
令和3年10月10日(日)4.6km 46分
 
 津別町役場→21世紀の森公園(ツペットウンチャシ)往復

 【ツペットウンチャシ】
・城 跡 名:ツペットウンチャシ(ピラチャシ)
・所 在 地:津別町字共和
・創建年代:不明
・創 建 者:不明
・形  態:面崖式
・主な遺構:壕(コの字形2条連結、枝壕)
・大きさ:92×28m
・標高:20m、比高:10m
・説明板:なし(家系城郭研究所さんのサイトには説明板があったが、見つけれなかったか、撤去されたか)
・「アイヌ伝承と砦」(宇田川洋):
@津別の川岸のピラチャシ(ツペットウンチャシ)などは、その時プンキ(番人)を置いて夜見張りをしていたそうで、もし敵がきたらそこからオトイバ(声にて知らす)をやる。また敵の人数によってはハンゲオトイバ(近い声、敵は少ない)トエマオトイバ(遠い声、敵は多い)等をやる。
 聞いた方では、アンプイカリ(聞いた声)等というて相当に便利にできていた。
Aこのチャシはツペツコタンを中心として構築され、これを城とすれば部落は城下のようなもので、この一群をツぺツチャシクル(津別砦の人たち)といっていた。
 ここには一名のサパネクル(酋長)がおり、その配下にテッケシ(手下)がいる。このテッケシの中にはテッパ(手下の長)があった。この役割は主として他部落からの襲撃を防ぐことで、昼は狩りや漁をして部落の生活をたすけ、夜はプンキ(番人)の役をしたのである。もしを敵を発見したときは直ちにオトイバ(合図の声)を発する。このオトイバにはハンゲオトイバ(近い声)と、トイマオトイバ(遠い声)とがあり、ハンゲオトイバは少数の敵を知らせ、トイマオトイバは多数の敵を知らせるのであるが、この声を発するのは女の役であった。
 原始時代には同族間にも常に闘争の絶え間がなかったのである。 
 
  
 
 
 
 
 
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