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円海山(153m)、大丸山(156m)
平成22年5月3日(月)・単独 |
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近所の低山で行っていないところをランニング。 洋光台駅から尾根沿いのハイキングコースを伝って、鎌倉まで。 |
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↑ 最初は、洋光台駅から南に下り、峰市民の森の中の山の神に。賽銭箱も置いておらず、余り管理されていないようだ。とりあえず手だけ合わせる。 → 途中昔の道なのか、くねくね道をゆくと大木と石仏群がある。 |
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・白山神社で拝んでから、高速沿いに円海山に向かう。 | |||
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↑途中、牛を飼っている農家がいた。懐かしい。 ↑円海山の頂上らしき、ヘリポートへ。景色は良くない。やぶに張ってみようかと思ったが、蛇が怖くて断念。 ↑もう少し行った、休憩所で、若干景色が良くなった。 <以下、ネットより> 円海山(えんかいざん)は横浜市磯子区峰町の、港南区・栄区境近くにある海抜153.3mの山。小高い丘にすぎないが、三浦丘陵の北端にあたるため、北側(横浜市中心部方向)が開けて眺望がよく、電波送信所・中継所が多数ある。なお横浜市最高地点は、ここよりも4kmほど南西の大平山の尾根(頂上から数百メートル離れた茶屋付近)(159.4m)である。 また周囲には瀬上・氷取沢・金沢の各市民の森があり、かながわの美林50選にも選ばれている。鎌倉市方面につながるハイキングコースもあって、横浜市民の手軽な行楽地として知られる。山頂には展望台があるが閉鎖されており、登ることは出来ない、 円海山の名は、東の中腹にある円海山護念寺の山号に由来する。護念寺は江戸時代から灸で有名で、「峰の灸」と呼ばれ、落語の『強情灸』にも登場する。 |
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・円海山から南方面、鎌倉に向かう。この道は、鎌倉アルプスと呼ばれているそうだ。 道は整備されていて、人も結構多い。 ・樹間から住宅街が見える。 |
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↑ しばらく行くと、大丸山の頂上。ここは横浜市の最高峰だそう。頂上は広場になっており、皆昼食を広げている。 遠くには、八景島シーパラダイスなどが見える。 |
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・ しばらく行くと、鎌倉天園に。鎌倉方面の眺めがよい。 |
しばらく行くと、貝吹地蔵に。ネットによると、新田義貞の軍に攻められ(1333年)自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下たちを助けるため、貝を吹き鳴らしたという。 (瀬谷文化協会)
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・山道が終わると「瑞泉寺」。<以下、ネット> ・かつて紅葉が谷と呼ばれた谷戸奥に建つ臨済宗の寺。開山は夢窓疎石(むそうそせき)。嘉暦2年(1327)鎌倉幕府の重臣であった二階堂道薀が創建、その後夢窓疎石に帰依した足利基氏によって瑞泉寺と改名され足利氏の菩提寺として栄えた。関東十刹の第一位。境内には本堂、客殿、庫裏、書院などの堂宇が点在するが、これらはほとんど大正時代以降に再建されたもの。2層屋根を持つ本堂には本尊の千手観音坐像が祀られている。細い参道には梅林が続き、スイセン、ツツジ、ボタンなど、多くの草花が境内を彩る ・山すそには夢窓疎石の指図によって作られた国指定名勝の池泉式庭園がある。南北朝時代の禅宗様式の庭を代表するもので、1970年に復元された。岩肌を削って掘られた池には山から引いた泉水が注がれ、池には小さな島や滝が配されている |
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・源頼朝の墓。 | |||
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↑ 鎌倉名物、暴走族。信号無視をしながら爆音を響かせてゆく。後半のバイクが遅れてきたとき、途中でリーダーらしき奴が立ち止まって心配そうに待っていたのがお茶目であった。 | ・鎌倉駅近くの日蓮上人、辻説法の場。実家は日蓮宗であるし、先日、読んだ水野南北の本でも法華経の素晴らしさを説いていた。何か、その辺のことを勉強しろということなのか? | ||
↑登録して登山口に向かう。丹沢、大山山塊は非常に多くの山があり、縦走できる。丹沢の地図を買わなかったことを後悔する。 |