Toruトップ > 登山メニュー >マラニック | ||
小樽天狗山(532.5m)
|
||
9:30頃出発 12.94マイル(20.8km) 3時間53分 時速5.4km |
||
今日は子供の小学校の運動会だったが、午前中の天候が悪そうなので日曜日に順延。今日は何もやることがなくなった。夜に飲み会も控えており、夜に美味しいお酒を飲むため、カミさんの了解をもらい、小樽に走りに行くことに。昨年、登ろうとして雨が降って断念した、天狗山に登ることに。 朝の連続テレビ「アマちゃん」を見てから、西区役所前バス停から小樽行高速バスに乗る。当初は、小樽駅まで行こうと思ったが、少し長く走りたいと思い、新光バス停で降りる。ここはほぼ朝里インターチェンジで、小樽駅まで直線距離で5km以上ある。しまったと思ったが後の祭りで仕方ないので、トボトボ走り始める。朝里インターを過ぎ、望洋台の新興住宅地を通り、桜、若竹と走る。やはり小樽は坂の街だ。やたらとアップダウンがある。そうこうしているうちに奥沢十字街に到着し、住吉神社にお参りする。その後、桜が綺麗な天上寺にお参りしたあと、天狗山への道を登っていく。ずっと上り坂である。あえぎながらようやく天狗山スキー場に到着。スキー場を登り始める。凄い急傾斜で走るどころでない。途中白い花が綺麗だった。喘ぎながらロープウエイの駅に到着。天狗山神社にお参りしてから、山頂に向かう。ここからの傾斜は緩やかであるが、雪がすごい残っている。雪の上を歩くと木に囲まれたなだらかな山頂に到着。ここは誰もいないし、熊も怖いので、ロープウエイの山頂駅に戻り、小樽の街を眺めながら昼食を食べる。 昼食後、下ることとするが、今度の道はおたる自然の村の方面に伸びる舗装道路を下ることにする。しかし、この道は、ほとんど車が通らずこれまた熊が怖い。今日は街を走ると思ったので、鈴と鉈を忘れた。このため、あまり役に立たないかもしれないが、枯れ枝を拾って、万が一の時に備えながら走る。そうこうしているうちに下界に降りてきた。北照高校野球部が練習しているのを横目に、小樽公園に向かい、そこで稽古したあと、札幌に帰りました。 (PS)ネットで、小樽駅発・天狗山・遠藤山・塩谷丸山・オタモイ・赤岩・高島・小樽駅と循環山行している人がいた。約40kmということであるが、今度チャレンジしよう。 |
||
![]() |
![]() |
|
朝里の市街地を望む | 帆船の絵が書いてある | |
![]() |
![]() |
|
ロータリー | 桜から小樽市街を望む | |
![]() |
![]() |
|
小樽市街 | めざす天狗山 | |
![]() |
小樽市最古のお寺の建物だという。 |
|
![]() |
住吉神社に小樽経済界の長老といわれた松川嘉太郎(まつかわかたろう)の碑があった。 以下、ネットより。 明治二十三年(一八九〇年)七月二日福井県三国町に生まれた。同四〇年中学校を三年で中退、父仁平が義弟宮本太吉と小樽で経営していた。回船業松川合名会社に入社した。同四五年、砂糖の卸売り業、松川商会を設立した。大正末期から小樽商工会議所、小樽市議会の両議員を務めるなど政財界で手腕を振るい、さらに昭和二十一年から一〇年間商工会議所会頭を務めた。保税倉庫の誘致、札樽国道建設に貢献した。また同二九年北海道中央バス社長に就任、幾多の会社の危機を乗り切り、道内随一のバス会社に発展させた。同三七年藍綬褒章受章、同四〇年勲四等瑞宝章を受けた。翁の政財界への功績をたたえるため、同四十三年八月、財界を中心に「松川嘉太郎翁之銅像建立期成会」(会長・木村圓吉商工会議所会頭)が発足し、昭和四十四年六月二十五日、住吉神社境内に銅像が建立された。銅像は黒御影石の台座に羽織、はかまに威儀を正した高さ四メートルのもので東京造形大学美術科・佐藤忠良教授の作である。撰文は元道知事・町村金五、碑文揮ごうは書家・宇野静山である。 |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
次に、桜が綺麗なお寺、天上寺があった。以下、由来は市のホームページより引用。 内部は、中央に設けられた柱列で、外陣と内陣に分けられ、その奥に阿弥陀三尊が安置されています。 |
|
![]() |
![]() |
|
スキー場に到着 | スキー場の途中で白い綺麗な花 | |
![]() |
||
頂上に着く。赤岩、オタモイ方面。 | ||
![]() |
||
![]() |
||
小樽市街 | ||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
ラッキーなことに遠藤又兵衛亭に入ることができた。以下、市のホームページより。 この建物は、海産物卸商で富を築いた遠藤又兵衛の邸宅でした。邸宅は、小樽港を望む高台にあり、木造瓦葺き下見板張りの武家屋敷を思わせる豪壮なつくりで、和風を基調としながらも玄関脇の応接間に大きな三面のベイウィンドウを付けた和洋折衷住宅です。また、重厚な門・塀には鷹などの飾り瓦が付き、全体的に良く調和のとれた建物といえます。 |