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令和3年(2021)7月22日(木)祝
岡崎宿〜池鯉鮒宿〜鳴海宿

25.8km 5時間34分
 4連休の初日、前日に中部国際空港セントレア入り。翌朝セントレアから岡崎に移動。JRで移動するが、東海道はJR岡崎駅ではなく、私鉄の愛知環状鉄道の中岡崎駅が最寄りなのが判明。思いがけず私鉄に乗って中岡崎に移動。
 走り始めが9時、すでにすごい猛暑。八丁味噌の工場群を見ると10年前の記憶が蘇る。通り矢作川を渡る(1)。対岸に何かの像がある。車が多く渡れないが、蜂須賀小六と日吉丸の出会いの像であるそうだ(2)。F1の車が展示されている車の整備工場があった(3)。薬王寺(4)は奈良時代の創建で、本堂は古墳時代の古墳の後円部部だそうだ。
 ここからしばらくは見所がない。国道1号線から松並木に入る(5)。しばらく行くと一里塚(6)が見えてきた。その隣には予科練の碑が(7、8)。第一岡崎海軍航空隊跡であった。戦争の歴史を感じる 松並木がしばらく続き暑さに我慢しながら歩いていく。暑さでとてもではないが走ることができない。
 しばらく歩くと永安寺である。雲竜の松という天然記念物がある。江戸時代初期に助郷の免除を申請して死罪となった柴田助太夫を弔うために建立された寺で、この松はこのころからのものだという(9)。2kmほど進むと無量時道標(10)、来迎寺一里塚であった(11)。池鯉鮒宿が近くなってきて松並木(12)が現れた。
 なんとか知立に到着。本当は池鯉鮒と書く(13〜16)。知立で昼食タイム。知立駅近くの居酒屋に入り天丼を食う。美味かった。昼飯タイムでなんとか体を冷やし出発。
 小松屋で冷凍あんまきを買う。溶けるまで首筋で冷やす、食べる。暑くてここで断念したいが、今日は鳴海まで行かないとダメだ。知立古城碑はお城の後だが碑が残っているだけである(17)。その近くに総持寺があるが門が特色的だ(18)。ペットボトルの水を腕、脚に掛けながら歩く。5キロおきくらいにコンビニに入りアイスを食べでなんとかすごす。
 2キロほど歩くと洞隣寺・長屋門である。刈谷城主水野忠重の開基の寺である(19、20)。豊明市に入り阿野一里塚(21)を過ぎ、中京競馬場前の門と駅を過ぎると桶狭間古戦場に到着。なんとか中京競馬場前まで到着。この近くに桶狭間古戦場跡があった。子供のころから戦国時代の小説に何回か出てきた念願の史跡に到着できた。今川義元戦死の地であり墓もある。狭間というだけで、丘に囲まれている(22〜24)。
 ここから鳴海までもう少しと思っていたら有松宿に。有松絞りで有名だが、古い街並みが残り、風鈴の音が心なしか涼しさを醸し出す(25、26)。
 ここから鳴海まではもう少しと自分を励ましながらようやく鳴海宿に到着。戦国小説に出てくる鳴海城跡(27、28)を訪問して、鳴海から電車で金山駅に向かう。
 
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