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令和3年(2021)7月23日(金)祝日
18.8km 4時間18分 |
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鳴海から宮まで走ったので、朝はゆっくりチェックアウトし、10時前にホテルを出てJRで桑名に向かう。10時半に桑名駅に到着(1)。ここから桑名城まで歩くのだがすでに猛暑で消耗。タクシーに乗ればよかったと後悔。それでも何とか桑名城址がある九華公園に到着。入口に本多忠勝像(2)があった。本多忠勝は「家康に過ぎたるもの」と呼ばれ初代桑名藩主である。桑名城には天守閣が残っていないが、その址を探して公園内をさまよい、神社横に天守閣址を見つけた(3)。ここは松平定綱公(1635〜1651)に完成し、元禄14年(1701)に火災で消失したとのこと。案外小さくてびっくりである。天守閣址を訪問後、桑名の渡し(4、5、6)に来たらすでに2キロを費やしていた。 それでも気を取り直して出発。桑名宿の歴史の風情ある街並み(7)と石垣と堀(8)を横目に歩く。桑名も歴史ある街だ。「右江戸・左京いせじ」の石碑(9)、天智天皇社(10)を通っていく。市街を北から西に左折するところに火の見櫓・矢田立場(11)があった。そこからしばらく直線の道で1qほどで安永の伊勢常夜灯(12)である。員弁川を渡り、伊勢朝日駅の手前に安達本家酒造の建物である(13)。銘柄は「富士の光」、「清鷹」である。 熱さと戦いながら淡々と歩く。途中お寺が結構ある。東海道自体多いのだが、この辺は浄土真宗田派が多い。北海道では本願寺派と大谷派だと思うが、何か歴史的な経緯があるのだろうと考え歩く。近鉄富田駅近くの富田地区に到着(14)。この町のなかは2カ所曲がる(15)。そして力石を発見。120sだという。それまでに2カ所見つけたが、この辺の近くには力石(16)が多い。力自慢の男たちが多かったのだろう。富田地区から少し寄り道をして茂福城による。一端茂福神社に行ったがそこから真っすぐお城跡に行けず参拝して迂回して線路沿いの茂福城に到着(17)。平家の時代平貞冬が越前朝倉よりこの地に来て城を築き麻倉を名乗ったと言う。永禄10年(1567)最後の城主茂福掃部輔桝豊が滝川一益に滅ぼされたという。 米洗川のところに常夜灯がある(18)。一度国道に出た後海蔵川を渡ると旧街道、四日市の古い町並みに入る。餅屋があり餅を食べる(19、20)。甘くなくしょっぱく新鮮な味。江戸時代の風情だ。笹井屋(21)・道標(22)を確認し、商店街(23)に入る。四日市のイメージキャラクターろくろ首の「こにゅうどうくん」(24)が出迎えてくれた。四日市駅前の横を通ってホテルに向かう。結局18kmも歩いた。 |
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