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令和3年(2021)7月24日(土)
(内部駅)〜石薬師宿〜(加佐登駅)

10.0km 2時間12分
 当日の朝に内部駅まで走ったので、電車で内部まで移動して歩き始める(1、2)。10時20分発。しばらく歩くと杖衝坂。道路から離れたところに伊勢国分寺があるが、そこまで行く元気はない。坂自体はたいしたことがないが、日本武尊が傷を負って杖を突きながら歩いたという伝説がある(3、4、5、6)。
 国道に出ると采女一里塚があり(7)、鈴鹿市に入った(8)。そして気になる看板名物のとんてき「来来憲」の看板(9)があり、道路から少し離れているが訪問する。まだお腹が空いていないが、少し小盛の来来定食1650円を食す(10)。キャベツの上にニンニクと豚の切り身が乗っている。ソース味で旨かった。
 とんてき定食で元気が出たので、歩き始めると石薬師宿に到着(11、12)。小澤本陣跡は古い建物が残っていた(13)。説明板によると元和2年(1616)に設置され、元禄時代の宿帳には浅野内匠頭の名前もあるという。信綱カルタという看板が沢山ある。石薬師は万葉集の研究家、歌人の佐々木信綱の生地であり、記念館と生家も残っていた(14)。そして隣の建物はタイムレコーダーの発明者、アマノの創業者である天野修一の記念館も残っていた。
 旧道が国道を越えて下りの道を降りると石薬師宿の由来となった石薬師寺があった(15、16)。ご本尊は弘法大師が一夜で彫った薬師如来で、本堂は寛永6年(1629)に時の神戸城主一柳監物直盛により再建されたというから古い。石薬師からすぐに一里塚があった(17)。地元のおじいさんが待っていてくれて立ち話をした。写真も撮ってくれた(18)。今日は暑いから加佐登で止めた方が良いと言われ、心が動く。
 一里塚からは田んぼの脇を歩く(19)。その後一端国道に出て、庄野宿の入口から戻る形になるが、加佐登駅に到着し一服。電車が来るまでまだ一時間あり、休んでいるうちに元気が出てきたため、とりあえず井田川駅まであと5km歩くことにする(続く)。)
 
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