令和5年(2023)7月17日(月祝)ハイランド小清水~望岳台遊歩道~銀嶺水遊歩道~頂上~スカイライン遊歩道(約8.3km 2時間38分)
藻琴山に久々に登頂。前回は平成18年(2006年)だから17年前か。友人とハイランド小清水725に車を停めて出発。真っすぐにスカイライン遊歩道を登らないで、望岳台遊歩道~銀嶺水遊歩道経由で歩く。折角上ったのに、高度を結構下げてまた登り返す。しかも、やたらと遠回り。それでも美味しい水を銀嶺水でゲットできてた。頂上は銀嶺水からはあっという間だった。
頂上には石碑があった。神職として藻琴山の観光発展と登山者の安全を祈願してきた山中源吉さん(1884~1960)を讃える石碑だそうだ。
【山中源吉師乃碑(表面)】山中源吉師明治十七年生明治三十二年網走ニ移住爾来六十有余年只管
信仰ニ徹シ慈善事業ニ師ノ生涯ヲ捧ゲ昭和三十五年九月三十日天寿ヲ
全フス 師ハ若年ニシテ神職ニ付キ後ニ大教正ノ栄誉アル称号ヲ賜ワ
ル風ニ操守堅実悟道円熟ノ人格者タリ其ノ徳望篤キコト汎ク世人ノ渇
仰ヲ深ム 師ハ此ノ地大観光地タルノニ大偉観ヲ呈シ将来世ノ視目ヲ
集ムルコト疑イナキト既ニ大正十四年之ヲ予言シ以テ同年五月吉日当山
頂ニ役行者役小角ヲ刻ミタル石造ヲ建立シ観光地タルノ発展ト併セテ
登山者ノ無事安穏ヲ祈願ス 衣而有志一同生前ニ於ケル師ノ偉業ヲ讃
エ当山ノ永遠ナル安穏ヲ師ノ御霊ニ祈リ茲ニ此ノ石碑ヲ建ツ
司法書士吉田勉文撰
中島春光謹刻
昭和三十六年九月吉日有志一同建之
(現代語訳)山中源吉先生は明治17年(1884年)に生まれ、明治32年(1899年)に網走市に移住して以来、60年余りにわたり信仰に徹し、慈善事業にその生涯を捧げ、昭和35年(1960年)9月30日に天寿を全うした。先生は若くして神職につき、後に大教正の栄誉ある称号を賜るほどに、堅実に仏の教えの神髄を悟るという志を固く守って変えない、円熟の人格者であった。徳が厚く人々から慕われ、広く世の人たちの信仰を深めた。先生は、この地が大観光地となるであろう素晴らしい眺めをもっており、将来世間の注目を集めることは疑いないということを、すでに大正14年(1925年)に予言していた。このため、同年5月吉日、当山頂に役行者「役小角」を刻んだ石像を建立し、観光地としての発展と併せて登山者の無事平穏を祈願した。よって有志一同は、生前における先生の偉業を讃え、当山が永遠に平穏であることを先生の魂に祈り、ここにこの石碑を建てる。
司法書士吉田勉・文面作成
中島春光・石碑文字彫刻
昭和36年(1961年)9月吉日有志一同これを建てる
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