開基百年碑(中渚滑)

石碑等(開拓記念碑)

令和5年(2023)8月12日(土)紋別市中渚滑地区

紋別市道の駅に車中泊したが、朝は濃霧と海霧で視界がなく、札幌に帰ることにするが、途中で中渚滑地区で開拓の碑を見つけた。

【開基百年碑】・・・表面の台座には次のように記載されている。「碑文 私達の郷土、中渚滑地区は天塩岳を源流としてオホーツク海に注ぐ渚滑川の下流にあたりオホーツク海高気圧の影響を受け地味豊かなれども気候に恵まれず畑作主体の農業より酪農経営へと、昭和四十年代初頭に於いてその転換を果たした。明治三十年(1897)渚滑原野が植民地に選定され区角割を終え、貸付出願受付中であったことから同年三月高知県団体、宮崎寛愛氏一行百二十戸は十二線より二十四線に亘る平坦地を出願許可を得て入地した。これをもって開基となす。以来未開の大地で飢と度重なる洪水及び冷害と風害に耐えて百年の星霜を重ね今日の輝かしい郷土を築いた。茲に多くの先達達の御労苦を偲びその偉業を讃えると共にこの輝しき歩みを継承すべくこの碑を建立する。平成九年(1997)九月十四日中渚滑地区町内会一同 開基百年碑 中渚滑地区町内会長 奥久男書」。裏面には氏名がたくさん刻まれている。

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