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愛知県出張
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日 程 2014年(平成26年)12月4日(木)〜12月6日(土) |
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競馬事業に携わり、他の公営競技や他の競馬主催の状況やキャッシュレスシステム等先進的な技術を視察するため、愛知県に出張することになった。 初日は、サテライト名古屋、2日目は午前が名古屋競馬場、午後が蒲郡ボートレース、3日目は中京競馬場という日程である。 |
【2日目:12月5日(金)】 |
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3日目である。 昨晩は軽めの飲み会だったので、今日は5:30に起床し、早朝ランニングに向かう。 6時前の名古屋はまだ暗い。今日のランニングは熱田神宮から走って帰ることである。東海道線豊橋行きの鈍行列車に乗り、熱田へ向かう。約7分で到着。最初の目的地「熱田神宮」へ向かうと左手に名鉄の「熱田神宮駅」とレトロな商店街が見えてくる。右手の林はおそらく熱田神宮だろう。門から参道に入ると。由緒を書いた立て看板がずらりと並ぶ。ここは織田信長が桶狭間に向かうときお参りした神社だ。ネットで由緒をみると、三種の神器草薙の剣が祀られ、伊勢神宮に次ぐ格式の高い神社で、地元では熱田さんと親しまれているそうだ。(熱田神宮のHP) |
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次にここから国道19号線を北上して帰るのだが、途中に古墳が二つある。その一つ目「白鳥古墳」に向かう。住宅地の中のお寺「弥勒寺」の裏にそれはあった。由来をネットから拝借すると次の通りだが。先ほどの熱田神宮でもでた、日本武尊の墓という説もあるそうだ。 (転載はじめ) 4世紀中頃に築造された全長約115mの大型前方後円墳で、古代尾張の支配者であった「尾張氏」(おわりうじ)につながる豪族の墓であると考えられています。墳丘の保存状態は良好であり、国史跡に指定されています。白い色をした石英などの石で覆われており、かつては墳丘が白く輝いて見えたことから白鳥塚の名がついたと言われています。この石英を敷くことや古墳の形態などの特徴が、ほぼ同時期の近畿地方の前方後円墳とよく似ているため、近畿地方にあった当時の政権(大和王権)と強いつながりがあったと考えられます。 (転載終了) |
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次に北上すると熱田神宮公園の中に「段夫山古墳」があった。ここは先ほどの白鳥古墳より大きい。後で由来を見てみると東海地方で最大だという。周囲をぐるっと回ってみると、古墳への登り口があり、登れるようになってみる。頂上は木に覆われ、視界はないが、古墳に登るという貴重ない体験ができた。 (転載はじめ) 断夫山古墳は、熱田台地南西端の標高約10mに立地する。全長約150mで、東海地方最大の前方後円墳であり、後円部径約80m、高さ13m、前方部幅は約120m、高さ16mを測る。発達した前方部に特徴がある。墳丘は3段築成で、墳丘西側には方形の造出部がある。本古墳は、古来「日本武尊」伝承による宮簀媛命の墓として伝えられ、熱田社の神域として保護されてきた。戦後の戦災復興事業の中で、愛知県の管理する「神宮西公園」の中に取り込まれ、都市公園として保存されてきた。正式な土地換地が行われた段階で国史跡指定となった。墳丘は前方部南東端に封土の崩落があるほかはほぼ完存している。周溝は埋め立てられ改変されているが、明治年間の地積図には、明瞭に周溝の痕跡が認められる。造出部で須恵器の出土が報告されていたり、須恵質円筒埴輪が表採されており、これら出土品の年代は6世紀前半の特徴をもつ。本古墳の築造年代もその時期とみられ、この頃活躍する尾張連氏に関係する墳墓とみられている。 (転載おわり) |
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次に国道19号線を北上するとまた古いお寺を発見。「青大悲寺」だそうだ。当寺は宝暦6年(1756年)、この地で生まれた「きの女」が開いた如来教の本山。その説法の速記録は「御経様(おきょうさま)」と呼ばれ、名古屋弁そのままで語られる特異な経典。寺内の地蔵堂には、等身大の鉄地蔵菩薩(室町時代作)が安置されている。 |
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次に北上し、金山を過ぎると、大須観音に。 | |||
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ここも古いね。元亨四年(1324年)、後醍醐天皇の時代、能信上人の開祖だという。お寺の周りには昭和チックな商店街が張り巡っている。 (大須観音のホームページ) |
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その後、栄の繁華街や市場の賑わいをみながら、宿に帰る。 | |||
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次にチェックアウト後、集合時間まで時間があるので、同僚と清須城へ。JR東海道線岐阜方面に乗り二駅で清須駅に到着。ここから約15分歩くと平成元年に復元された「清須城」に到着。戦国時代の小説によく出てくる若き時代の織田信長の居城を訪問できて感動。濃尾平野の田園地帯のど真ん中であるが、洲とあるように川に挟まれている要害。古くから交通の要衝として発達したが、江戸時代になって徳川家康がここを廃城して名古屋に移転したのだという。(清須城のホームページ) | |||
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清須城訪問後、 昼食へ。名古屋名物「ひつまぶし」を食べに。地下鉄は上前津駅近くの「大松」。「ミニひつまぶし」はランチ料金で850円。なかなか旨かった。 |
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そして、最終目的地JRA中京競馬場を訪問後、北海道への帰路につくのであった。 | |||
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