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■ 高知出張3日目<6月21日(木)> 晴れ

 高知出張の3日目です。
 今日も二日酔いの体を無理矢理5時半に起こして、自分の旅行時の恒例、早朝ランニングして、高知市内の町並みを探索です。
 最初は中江兆民誕生の地を探しましたが、見つけることができませんでした。
 ちなみに中江兆民とは・・・

中江 兆民なかえ ちょうみん、弘化4年11月1日(1847年12月8日) - 明治34年(1901年)12月13日)は、江戸時代後期から明治の思想家、ジャーナリスト、政治家(元衆議院議員)である。フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーを日本へ紹介して自由民権運動の理論的指導者となった事で知られ、「東洋のルソー」と評される。衆議院当選1回、第1回衆議院議員総選挙当選者の一人。

父は土佐藩足軽の元助で長男、母は土佐藩士青木銀七の娘で柳。弟に虎馬。妻・ちのは長野県出身。子は一男一女。娘の千美は竹内綱の3男虎治の妻。兆民は号で、「億兆の民」の意味。「秋水」とも名乗り、弟子の幸徳秋水(伝次郎)に譲り渡している。名は篤介(とくすけ、篤助)。幼名は竹馬。

中江家は、初代伝作が明和3年(1766年)に郷土株を手に入れ新規足軽として召抱えられて以来の家系で、兆民は4代にあたる。長男の丑吉は昭和17年(1942年)に実子のないまま死去し、中江家は断絶している。

 次にはりまや橋に向かいました。「なんだこりゃ」という感じです。ちなみに三大がっかりとは、札幌時計台、高知のはりまや橋、沖縄の守礼門だそうです。
 次に鏡川を渡って、山内家墓所と筆山に登ろうとしましたが、森の中で鬱そうとしていて怖くなり、断念して近くの高知天満宮へ向かいます。さすが内地の歴史ある神社といった趣です。
 天満宮でお参りしてから、後藤象二郎と板垣退助生誕の地に向かいます。これらは街の中で、看板があるだけ。今日のランニングはこれらを見て終わりです。

 さて、朝食を食べてチェックアウトしてから、宿の近くの大川筋武家屋敷資料館に向かいます。
 ここは、戦災で唯一焼けなかった当時の武家屋敷で、平成10年に復元工事が完成したそうです。
 ここのもとの持ち主は掛川から山内一豊に従って入国してきた手島家だそうです。
 この家は上士で家禄が250石で上士の中では中くらいの武士だそうです。
 中にはいると、当時の暮らしぶりを忠実に再現していました。
 びっくりしたのが入場料が無料で、ご案内の年齢不詳のお姉さんが懇切丁寧に説明してくれました。庭の中にソテツが生えていたのも、南国らしいと思いました。

 最後に高知城の中です。数少ない現存するお城だとか。あの山内一豊や山内容堂が住んでいたと思うと感慨深いです。
 大河ドラマ「功名が辻」の千代役の仲間由紀恵が来ていた着物がありました。
 それにしても、犬山城でも思いましたが、昔の建物は庇が低く、階段が急だ。
 天守閣のてっぺんに立つと、高知市内が一望できます。そして風が通って涼しいこと。
 説明書きに書いていたのですが、この平野は川が多く、城を建てるに当たって水対策がキーポイントだったそうです。
 しかし、高所恐怖症の自分にとっては、手すりが低く怖くなり、早々に引き上げました。 
 
 高知城を見た後、おみやげを買って、昼食を食べてから午後2時の飛行機で千歳空港に帰りました。

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