根室港線

廃線・廃駅

根室市(根室港線)

平成30年11月23日(金祝) 11時頃スタート 約2.6km(廃線自体は2.3km)
 
 本日は天気は良いが風が強いので、遠出はあきらめて、市内でかねてから訪問してみたかった根室港線跡を訪問する。
 はじめに、根室駅の西側にある根室本線最終地(1)から出発し、根室駅(2)を写真に収めてから線路沿いの近く(3)を歩く。しばらく歩くと踏切に到着する(4)。ネット情報では、踏切からすぐに港線への分岐があるようだが、草に埋もれてわからない(5)。
 国の公務員官舎と線路の間の道を歩いていくと、港線への分岐の土手が見えてきた(6)。ゲートを潜ると港線の土手である。夏の間は草が生えていて歩けなかったが、今は大丈夫だ。土が持ってあり線路跡ということがしっかりわかる(7)。しばらく歩くと草もなくなり、いつも通勤で通っている製材工場と倉庫が見えてきた(8)。土手が終了し、製材工場と倉庫を過ぎると地図上で碁盤の目ではなく、斜めに通っている廃線跡を通る(9)。道路を横断して住宅街の間も同様に斜めの通りで廃線の名残である(10、11)。住宅街を行くと遊具がある公園を通る。公園も廃線跡のようだ(12)。公園から文化会館が見えてきた。文化会館の駐車場と玄関のところを線路が通っていた(13)。道道を渡ると廃線跡を利用した公園に入る(14、15)。公園には説明板(16)と機関車の絵(17)があり、廃線跡だということがわかる。公園はすぐに終了し、突き当りには住宅がある(19)。この住宅は廃線跡に建てたのだろう。住宅を迂回し、道路を渡ると舗装されていない道に入る(20)。この道は何回も走っている。道のわきに工場の廃墟があり、当時の繁栄が偲ばれる。しばらく進むとおそらく線路跡は、車道ではなくおそらく笹原の左方向にあるものと推察する(21)。少し進むと漁協と漁港にでる変則交差点に出る(22)。ここを鉄道が通っていたのだろう。最後に漁港に出て、駅があっただろう地を徘徊するが、風が強すぎるので、すぐに撤収する(23)。
 その後、金刀比羅神社にお参りするが、青空の下で綺麗だった(24)。

 最後に「歩鉄の達人」さんより、昔の写真を転載させていただく。

http://www.hotetu.net/haisen/Hokkaido/120701nemurokousen.html へのリンク

【説明板・転載はじめ】
 港線(中小臨港線)は根室駅と根室港を結ぶために昭和九年八月十二日根室港駅(貨物駅)とともに誕生した。根室港駅は現根室漁港横に位置し区間2.3キロメートルであった。
 取り扱い貨物は、戦前は根室や千島からの鮮魚貝類や蟹缶詰、硫黄鉱石等を送り出し、木材や石炭、塩等根室、千島への生活物資を受け入れた。戦時中は軍事物資が多く、戦後は根室で水揚げされた鮮魚貝類、野菜を主に発送し、塩、木材、缶詰の空缶等が主に運ばれてきた。
 使用されてきた機関車はC12やC58で、根室本線を走行していた車両が根室駅での発着に合わせて貨物を運んでいた。しかし、漁獲高の落ち込みや、冷凍技術の進歩、トラック輸送の普及等輸送形態の変化を受け、昭和四十年九月三十日に根室港駅ととともに廃止となった。
 現在は線路跡だけが当時の賑わいを偲ばせている。
【転載終了】

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