甘縄身明宮・佐助稲荷・源頼朝像・源氏山・寿福寺

寺社

平成22年(2010)4月29日(木・祝)鎌倉駅10:40→長谷11:10→佐助稲荷11:40→源氏山11:50→寿福寺12:05→鎌倉駅12:15 

 休日恒例の、町並みランニング。今日は鎌倉までJRで行って、長谷、大仏ハイキングコース、源氏山をを通って走りました。鎌倉駅から市役所通り。道を間違う。通りには、古風な刀剣・美術店がある。古い甲冑だ。
 

【甘縄神明宮】鎌倉市長谷1-12-1
 710年、豪族・染谷太郎時忠が天照大神を祀るために創建したと伝えられている 鎌倉最古の神社。境内からは、由比ヶ浜が一望でき、石段下には「北条時宗公産湯の井」がある。また、社頭に川端康成旧邸があり、神社周囲の自然が、小説「山の音」のモチーフになったといわれている。

 長谷のトンネル前のハイキングコース入り口に入る。登ってすぐに、配水池があり見晴らしがよい山道が続く。昨日の雨で道が濡れている。

【佐助稲荷】神奈川県鎌倉市佐助2-22-10
 源頼朝の夢枕伝説の一つである「佐助稲荷神社」。伊豆蛭ヶ小島に配流されていた頼朝が病に倒れた時、「隠れ里の稲荷」を名乗る翁が夢枕に立ち、平家討伐の挙兵をうながしました。そして、頼朝はこのお告げに従い兵を挙げて戦いに勝利しました。その後「隠れ里の稲荷」を見つけた頼朝は、畠山重忠に命じ社殿を建て崇拝したそうです。「佐助」の名の由来は諸説あり、幼少の頃「佐殿(すけどの)」と呼ばれていた頼朝を助けたため。また、千葉介・三浦介・上総介の「3人の介」が勘請したためともいわれております。
 神社内には、今も絶えることなく湧き出る「霊狐泉」や「古稲荷群」などがあり、とても神秘的な場所です。

 銭洗い弁天。ここは後で家族で来るとして、簡単に省略。源氏山の源頼朝像。

 源氏山(93m)頂上。人は誰もいなく、観光スポットではないようだ。景色も樹木があり、それほど良くない。
【源氏山】
 源氏山は、奥羽を舞台とする後三年の役(1083~1087年)で、八幡太郎義家が出陣するときに、この山上に源氏の白旗を立てて戦勝を祈ったところから、「源氏山」とか「旗立山」といわれるようになったといいます。
区域内には源頼朝像や大小の広場などがあり、桜の名所にもなっています。
鎌倉時代、葛原岡一帯は刑場だったといわれており、後醍醐天皇の側近で、鎌倉幕府の倒幕に関わった日野俊基もこの場所で処刑され、その墓といわれる宝篋印塔(国指定)や俊基の霊を祀る葛原岡神社、銭洗弁天、佐助稲荷が近くにあります。
 

【寿福寺】鎌倉市扇ガ谷1-17-7 
 臨済宗建長寺派の寺で、山号は亀谷山。鎌倉五山第三位。源 頼朝没後の正治2年(1200)、北条政子の発願で伽藍を建立し、明庵栄西(みんあんえいさい)が開山となる。 頼朝の父義朝の屋敷がかつてあり、頼朝は当初ここに幕府を構えようとした。宝治3年(1249)、正嘉2 年(1258)の2度焼失するが幕府の保護のもと復興。円爾弁円、蘭渓道隆などの名僧が多く入寺し、禅宗文化発展の根拠 ともなった。国重文として木造地蔵菩薩立像、「喫茶養生記」古写本、県重文栄西坐像などを保存。境内は国史跡になってい る。

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