荒深四郎翁碑

石碑・銅像・胸像(歴史上の人物)

令和7年(2025)4月5日(土) 足寄町道の駅~足寄神社~国道241号線~足寄町中矢開拓記念碑~足寄湖手前で道道88号線に曲がる~道道770号線~活込自治会館(荒深四郎翁顕彰碑~道道770号線~国道241号線の南側の農道~国道241号線~足寄町道の駅 約20㎞ 2時間48分

 足寄町から10㎞走ってようやく活込自治会館のところにある標記の石碑に辿り着いた。この地はかつて大正二年から昭和五十二年まで活込小学校があったところだ。もと小学校のグラウンドの道路側に荒深四郎翁の碑はあった。裏面には漢文の碑文があった。文字起こしは疲れた。

【荒深四郎翁碑】北海道中川郡本別町西美里別709-5
 荒深四郎翁福島県嘗相馬藩士也処曰數馬翁其長子也娶佐藤氏挙男三女二焉嫡子居家従事稼穡牧畜業助父選任家事翁之渡北海道明治三十二鼬年四月率同志社五十餘戸共移ビリベツ當時道路全不開上下榛莽荊棘狼鹿狐熊雖蹊盛巌侯孳孳矻矻傾注開墾夙夜乾乾忘寝食倶勵其後漸開而為聚落闤闠為區割於是同志安此堵矣開鑿道路架橋梁策運輸之便蠲村民行路難至学校神社建設一而無不興也東奔西走忘家事晝瘁村治以為巳任焉翁天賦温厚寡言素樸不飾邊幅輿人交活澹遇之神透明辭辭理秩然富公共仁慈達練時態己所信者誾誾諤諤靡所憚也為人謀雖機密事吐露情實無疑人服其明敏達識故闔村翕然北辰衆星望一身其功績偉業籍籍芣惜誉騁郷黨宣哉非靡良也於是挙村一致建立開拓功労之碑欲鐫貞珉以傳其偉績千載来請余文不以芣文辭驩然而撰文 昭和四年六月十五日 北海道庁立帯広中学校教諭 渡部武八 撰並書 福島県相馬郡鹿島町

コメント