令和8年(2026)2月7日(土) 白糠郡白糠町西庶路西1条北1丁目
今日の最後の訪問地は庶路炭鉱発祥之地である。庶路町民センターに車を停めて、西庶路にある同石碑まで約2㎞を走っていく。同石碑は、西庶路神社の参道のところにあった。
【庶路炭鉱発祥之地】
黒御影石の正面には上記のとおり刻まれ、その下の台座には「ふるき友よ、この地に思いをいたそう 殉職者の皆さん安らかに」と刻まれ、おそらく多数の殉職者の使命が刻まれている。
裏面には「1984年7月吉日 閉山後20周年を記念し同志この地に会しこの碑を建立する。」と「史実 1937年明治鉱業(株)この碑より1200米の地に庶路炭鉱を開鉱本格操業に着手、1964年国の石炭政策により閉山となる。この間25年間精炭400万屯を生産最盛期には従業員数1350名をこえ、居住区も清水町・住吉町・青葉町・弥生町・花園町・錦町・朝日町・汐見町・千鳥町・栄町と、現西庶路市街の基盤を作る。」と刻まれていた。
この碑が設置されているとおりが明治通りと言われていそうだが、明治鉱業によるものなのだろうか。また、鉱山がこの地から1.2㎞しか離れていないというのも驚きだ。街の中に斜めに通っている道路があったが、石炭を運ぶ線路跡なのだろうか。







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