清明神社・北野天満宮

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平成28年(2016)11月19日(土) 地下鉄今出川駅~晴明神社~北野天満宮~天塚古墳(たどり着けず)~JR太秦駅 約9km

清明神社(京都府京都市上京区晴明町806)
北野天満宮(京都府京都市上京区馬喰町)

 出張3日目は、京都競馬場を訪問であるが、開場まで時間があるので、いつも通り早朝ランニング。5:30にホテルを出て、地下鉄烏丸線で北上し、今出川駅で降りる。まだ暗い。下鴨神社に向かうが暗すぎるので、途中で断念し、引き返して今出川通りを西に向かう。
 最初の訪問地は、晴明神社。五芒星が鳥居をはじめ彼方此方にある。安倍晴明はいわずとしれた陰陽師、天文学者でもある。創建は1007年、晴明公んお偉業を讃えた一条天皇の命により、そのみたまを鎮めるために、その屋敷跡の現在の場所に建てられたという。

 次にさらに西上し、北野天満宮に向かう。
 北野天満宮は、菅原道真公をお祀りしているものであるが、ネットによると全国12,000社の天満宮、天神社の総本社であり、、天神信仰の発祥の地だという。北野天満宮の創建は、平安時代中頃の天暦元年(947)に、西ノ京に住んでいた多治比文子や近江国(滋賀県)比良宮の神主神良種、北野朝日寺の僧最珍らが当所に神殿を建て、菅原道真公をおまつりしたのが始まりとされます。その後、藤原氏により大規模な社殿の造営があり、永延元年(987)に一條天皇の勅使が派遣され、国家の平安が祈念されました。この時から「北野天満天神」の神号が認められ、寛弘元年(1004)の一條天皇の行幸をはじめ、代々皇室のご崇敬をうけ、国家国民を守護する霊験あらたかな神として崇められてきました。
 
 その次に右京区太秦の「天塚古墳」に向かう。これがまた道が複雑で、タブレットのGooglemapを使わないと、全然たどり着けない。途中「太子通」というおそらく聖徳太子にゆかりの道を通り、1時間以上かかってたどり着くが、肝心の天塚古墳がわからない。タブレットの電源もわずかになって、心細くなり、近くのJR太秦駅に向かう。この辺に東映太秦撮影所の横を通って、太秦駅に到着したが、京都駅行きの電車が発車したばかりで、次の電車まで30分程度待つ。
 大分待って、次の電車に乗ると、これまで大混雑。結構大変な早朝ランニングであった。

 (追伸)
 今回の旅は、方角的に暗剣殺という大凶であったが、無事に札幌に帰ることができたので、多少のトラブルは良しとしよう。

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