花畔神社・花畔百年記念碑・石狩八幡神社

旅ラン

平成28年(2016)7月18日(月・祝) 石狩市役所~花畔神社~道道225号線~新港東~親船東~石狩灯台~弁天町~国道337号線~石狩市役所 約23.4km 3時間19分

 1週間後に、ニセコ100km駅伝(約40km以上走る)を控えているので、長距離ランニングへ。今日は石狩方面を久々に走ることに。石狩の弁天方面は2009年10月に走っている。

石狩市役所に車を停めて、まずは花畔神社を訪問。ここにも石碑がたくさんある。

【花畔神社について】
 由緒:明治4年5月岩手県民39戸(翌5年2戸入植) 茲に花畔開村する 御祭神として農業漁業航海の守護神である金比羅之大神を祀り花畔神社を創立 村民は大神を尊崇し心の拠り所として開拓の辛苦に堪え今日の発展の基礎を築いた
 明治26年4月花畔村殖民地撰定願いを北海道庁に提出 6月に裁可となりこの時神社の位置定まる 翌27年8月社殿を建立し花畔神社と改称する 
 明治34年7月12日公許の花畔神社創立願いを北海道庁に申請 同年9月9日村社として公認された
 昭和34年9月石狩湾新港開発によりこの地域の三社を合併 当地に社殿を新築し花畔瑞穂神社の御祭神 大國魂神 大己貴神 少彦名神並びに相馬妙見太田神社の御祭神 天御中主神を合祀する
 平成4年7月花畔神社創立120周年を迎え 記念事業として御祭神之碑を建立 神社用地116坪を取得する 平成4年9月吉日

【花畔百年記念碑文】
 此地ハ石狩川ノ河北ニシテ明治四年岩村判官花畔村ト命名ス砂地若ワ湿地ニシテ開拓ノ業至難ナリシモ先人ヨク辛苦ニ堪ヘ遂ニ砂地開田ニ成功今日ノ豊穣ヲ見ル其ノ偉業ヲ讃仰シ永ク後世ニ伝エントス
 昭和45年9月吉日 花畔村開村百年記念行事協賛会建立

  その次に、石狩親船町から河川敷を通って、石狩灯台まで向かう。はまなすの丘公園内の少し散策後、石狩八幡神社に向かう。ここも古い。

【石狩八幡神社の由来】
 安政5年箱館総社八幡宮神主菊池大蔵重賢より蝦夷地の中に当社八幡宮の末社を勧請し、蝦夷地惣鎮守として宮祠造営されるよう箱館奉行に願い出たのを始めとする。安政5年石狩町川東町(現在の八幡町)に石狩八幡宮を建立する。明治3年御神体を神祇官において点検、点状を下渡される。明治7年有志と協議の上弁天町の現在地に奉遷し現在地の稲荷大神を相殿に祀る。明治8年石狩郡郷社となる。明治34年本殿等を新築。大正4年神饌幣帛料供進神社に指定される。戦後宗教法人となる。

 その後、弁天歴史公園、石狩弁天社を訪問。石狩の地は、松前藩の鮭の交易の場所として江戸時代から発達。石狩弁天社は1964年の創立だそうだ。石狩弁天社には、石狩川の主といわれるチョウザメ(妙亀法鮫大明神)が祀らえれていた。

 その後、石狩市役所まで暑い中、国道231号線を走って帰る。
 それにしても石狩市の弁天は、歴史の宝庫だ。今後、こまごまとアップしていこう。

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