六国見山・常楽寺

山登り

平成23年(2011)1月22日(土)家1300→六国見山1345→常楽寺→イタチ川→家

 昨日、宮崎で鳥インフルエンザが発生し、少し残業したのと、また、帰ってきてサッカーを見たので、寝坊。また、今日の午前中は藤沢で買い物をしたため、午後は近場の六国見山へ。
 ここの山は、昨年6月に円覚寺から登ったが、梅雨の時期だったため、遠望できなかったことと、北鎌倉側から登ったので、今回は家から走って、鎌倉街道から登ることに。

 ネットによると。
<ウイキペディア>
六国見山(ろっこくけんざん)は、神奈川県鎌倉市高野にある山。山域の6.9haは鎌倉市によって「六国見山森林公園」に設定され、ハイキングコースや展望台が整備されている。海抜は147メートル。円覚寺の奥山に当たり、山号「瑞鹿山(ずいろくさん)」でも呼ばれる。六国見山の由来は、旧国名で相模、武蔵、安房、上総、下総、伊豆の六国が見えたことに由来して六国見山と名づけられた。元亨3年(1323年)から建武2年(1335年)ぐらいの間に成立した「円覚寺境内絵図」に「六国見」と記載あるのが史料上の初見とされている。
 

 その後、大船の常楽寺に行く。北条泰時創建。古い。
 常楽寺(じょうらくじ)は神奈川県鎌倉市大船にある臨済宗建長寺派の寺院である。山号は粟船山(ぞくせんざん)。本尊は阿弥陀三尊。嘉禎3年(1237年)の創建で開基は北条泰時、開山は退耕行勇である。
 常楽寺はもと「粟船御堂」(あわふねみどう)と呼ばれ、北条泰時夫人の母の追善供養のために建てたものであった。創建当時は密教系寺院だったが、次第に禅宗色が強まり、後に臨済宗の寺となった。
 建長年間、時の執権北条時頼によって宋の禅僧、蘭渓道隆が鎌倉に招かれた。蘭渓ははじめ常楽寺の住持となり中国風の禅宗を広め、寺には多くの僧が蘭渓の教えを乞うために訪れた。
その後、建長寺が創建され(落慶供養は建長5年・1253年)、同寺が鎌倉における禅宗の中心寺院になったが、それ以降も臨済宗建長寺派においては「常楽は建長の根本なり」と重視されつづけた。

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