すべては神の主権下。それを信じ切っている人の鉄則と喜び

01創世記

ホープ札幌教会 斎藤牧師

 すべては神の主権下にある。聖書を読んで驚きだった。それを信じ切ることが信者の一生の課題。何があっても喜ぶことが秘訣。神の主権の聖句を紹介。

創世記1:1 はじめに神が天と地を創造された。

 ここから始まる。人間的には上から目線であるが、それが前提で強烈な言葉。調べれば調べるほど面白い。肉眼で見える星以外にもすごい星。太陽自体は大きいが、1千兆個の星がある。地球上の砂の数より多い。神様は永遠の世界を造られた。一方、人間の体には60兆個の細胞がある。小さな世界にも無限の世界がある。

イザヤ書46:10 わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、『わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる』と言う。

 有名な聖句である。神が望むことは全て成し遂げられること。イエス様の登場を告げられている。全て神様の支配下にあることを言っている。

エペソ1:4 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

5 神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。

 創世記のとおり、世界の基が据えられる前、宇宙ができる前から皆さんが選ばれていた。神の御心に良しとう、愛を持ってあらかじめ定めていた。人間の頭の論理的なことを超えていることが聖書が書かれている。死んで肉体が滅び、神様に会えることが楽しい。

 御心の良しとすることについては、神様が選んでくれている。

ヨブ記 23:13 しかし、みこころは一つである。だれがそれを翻すことができようか。神はこころの欲するところを行われる。

14 神は、私について定めたことを、成し遂げられるからだ。このような多くの定めが神のうちにある。

 神様の御心は行き当たりばったりでない。変わらない。人間は批判精神、好き嫌いがあるが、神様は翻すことはない。自分が欲するところ、定めたところを成し遂げる。すなわち主権がある。サタンもかなわない。神は人間に自由意思を与えたが、神の下ではそんな選択の自由は変わらない。神の命令に逆らって逃げようとしても、神の手の中にある。自分の中でも五十代前半で変えられた。そこに行くしかない。それは何年も前から決められていた。私は56歳でクリスチャンになっているが、年齢は関係ない。神様は社会的な経験をさせてくれた。

ピリピ2:13 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。

 御心のままは、神様の主権であり、志も与えていただいている。修道院で神様の基で働くことやマザーテレサのようなことだけでなく、普通の仕事の中にもある。

ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。

31 では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

第一コリント10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

 神がすべてのことを働かせて益とする。自分のことでいえば、会社を辞めたことは、人間的には良くないことだが、神様の支配が始まっていて、全てのことが益となる。昨年体の異変三つ、脊柱管狭窄症、腸閉そく、帯状疱疹にかかった。パウロは肉体の棘と言い、神様にとってくださいとお願いした。しかし、神様は却下、あなたは十分で、あなたに弱さ、謙虚さを教える。健康だとプライドが高くなり、あえて痛みや肉体の衰えをそのままにして、謙虚さを教える。それはマイナスをプラスに変える。

 神にずっと支配されている。仕事で少し心配しても、神が遮断してくれている。神が味方なら、誰が私に支配できるだろうか。サタンであっても。

 耐えられない試練には会わせることはない。試練はいいこと。試練に対して積極性を持つこと。脱出の道も備えてくれる。

 イエス様、精霊に対し、確信犯である。聖書を全て信じている。信仰が薄れていく人は、天地創造やモーゼの奇蹟を信じていない。神の支配を唯一知る方法は、神を正しく知ること。それは聖書を通じてのみ。しかし簡単ではない。

詩編46:1神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。

2 それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。

ダニエル書11:32 彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行う。

 何が起きても恐れない。魔法のような法則はない。方向転換させるのは聖書。

テモテ第ニ 3:16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。

 パウロによる表現だが、人間に寄りかかれた良書とはレベルが異なる。聖書全部を好きになる。聖書を読み続けるのは地味な作業であるが、神の霊感によって書かれているので、精霊が語り掛けてくる。霊的に穏やかになる。最低一時間読むこと。世の常識やテレビなどの情報は聖書と合わない。神の教えの確信犯となって、具体的に行動を起こすと神も喜ぶ。それで神様の栄光が記される。聖書を読むことを習慣にし、喜びとする。自由になる。

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