令和7年(2025)10月18日(土)北海道上川郡上川町層雲峡
層雲峡のバスターミナルのところにトイレに行くと、胸像が見えた。層雲峡は冬に何度も来ているが、初めて見た。荒井氏は層雲峡の発展に尽くした人である。今では考えないくらい献身的だったようだ。碑文は漢文であるが、現代訳もあったのでそちらだけ転載する。
【荒井初一氏之像】
胸像の下に上記のとおり刻まれている。胸像の裏には「昭和二十四年再建」と刻まれている。現代文の碑文は次のとおり。「是れは荒井初一君の像である。富山県の人で性格は剛毅にして任侠に富み、大志を抱いて早くから旭川に来り、多年の奮闘によって商業会議所の会頭に推薦され、産業の振興に著しい功績を収めた。君は大雪山調査会を創設し、陸軍療養所を建設し、更に在郷軍人会本部へ資財を援助するなど、公益に尽力した。大正15年、絲屋銀行の破綻が逼迫すると君はこれを深く憂えて、惜しむことなく身を挺して民衆を救い、財界の動揺を正そうとした。また、巨費を投じて層雲峡を拓き、地域発展の基礎を築いた。君は昭和3年、病にて没した。歳は56。ただしに有志が相謀って銅像を建立し、ここに君の功績と人徳をたたえる。我れ請われて文を記すこと、此の如し 昭和4年5月建 橘文七撰 藤光雲書」






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