渡辺勝・カネ入植の地

発祥の地

令和7年(2025)11月30日(日)約4㎞(約50分)帯広市東10条南5丁目

 最後に渡辺勝・カネ入植の地碑を訪問した。ここはレポートしたはずだが、残っていなかった。この夫婦の物語は、乃南アサ「チームオベリベリ」に詳しく、2年前に飲んで感動したところである。晩成社は、この十勝川と札内川が交わる地帯に入植したのだ。ここには説明版と石碑だけでなく、本当かどうかわからないが、当時使っていた炉の後も残されていた。

【渡辺勝・カネ入植の地】説明版
 明治16(1883)年5月14日、晩成社の幹部として帯広・十勝の開拓に尽力した渡辺勝氏が、最初この地に入植しました。また、同年10月17日、妻のカネも到着しました。この記念碑は、入植からちょうど100年目に当たる昭和57(1982)年5月14日、渡辺氏の孫に当たる渡辺洪氏らによって建立されたものです。なお、当時の風景を示す資料として、明治23(1890)年7月、アイヌ民族の調査の途中で渡辺勝・カネ夫妻の自宅に滞在したイギリス人サベージ・ランダー氏が、夫妻の家をスケッチし、夫妻へ贈った絵があります。この絵は帯広市指定文化財に指定し、帯広百年記念館に収蔵しています。

【渡辺勝・カネ入植の地】石碑
 自然石に標記のとおり刻まれ、その横に碑文があった。碑文には次のとおり刻まれていた(一部不明)。「『五升いもを煮たる炉の跡こぞとぞ つどへば万葉の花あふれたり』 明治十六年五月十四日午後三時頃 晩成社幹部渡辺勝この地に入植 同年十月十七日その妻カネも到着せり 爾来 百年を加いるに当り これを記念建立し昭和五十七年五月十四日午後三時 序幕す 碑文 北海道知事 堂垣内尚弘 孫 渡辺洪 銘文 小室疎林 渡辺勝カネ夫妻入植の地 記念碑建立委員会」

 石碑から6.5mお店側が渡辺小屋跡とされているが、炉の跡のようなものもあった。

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