夫婦桂・忠魂碑

古木

令和8年(2026)3月8日(日) 十勝郡浦幌町字東山町18-1

 浦幌神社は何度も訪問しているが、レポートしてない史跡がありそうなので、訪問してみる。夫婦桂の後ろに忠魂碑があった。忠魂碑は各地にあり無視していたが、ここの忠魂碑は説明版もあり、戦後GHQにより倒伏された石碑を、旧戦車で曳いた逸話はすごい。

【忠魂碑について】
 この忠魂碑の建立は、大正十四年七月三十一日といわれている。在郷軍人会の幹部であった今野巌・飯山政吉らが中心となり、浦幌町帯富の林の中から数トンの石を運び出し、旧浦幌小学校の校庭(浦幌町宝町・現健康公園の西側)に建立した。忠魂碑の揮毫は、第七師団長(旭川)陸軍中将国司伍七であった。以来、浦幌村主催の殉公慰霊祭が行われた。昭和二十年敗戦によるGHQの指令で倒伏されたが、翌年の十二月、雪が降るのまって、枕木で作ったソリに積み、越坂善松が土木事業用として、軍から払い下げを受けた旧戦車で、浦幌神社境内まで曳いた。戦車を操縦したのは元戦車兵の高室邦雄であった。占領下であったため、忠魂碑をすぐ再建することは叶わなかったが、昭和二十六年殉公遺族後援会(会長石丸雅朗)が、工事費十万円で、此の地に再建し、六月二十五日には多くの遺族や関係者が参列して、除幕式と慰霊祭が行われた。昭和三十三年、東山の頂上に平和塔が建立され、翌年以降の戦没者の追悼儀礼式は平和塔で行われるようになった。(以下略)

コメント