令和8年(2026)3月8日(日)十勝郡浦幌町字東山町18-1
両神社の由緒は、歴史にあふれているので、レポートさせていただく。
【浦幌神社】
明治27、8年頃、土田謙吉氏、坂東勘五郎氏等の農場経営により拓地開墾が進む中、次第に集落が形勢されていき、両人の唱導によって、移住者の土着の決意も進み、住民のより処とする神社の建立の声が高まった。明治29年8月15日伊勢の神宮より天照皇大神宮の神璽を受けて、坂東農場(現浦幌町スポーツセンター)に祠を建立したのが創始である。明治後期に現地に移転(以下、略)。
【乳神神社】
御祭神:乳授姫大神。大正時代の中頃、浦幌町瀬多来の山奥(現在の日立建機浦幌試験場内)に乳房に似たコブを持つナラの大木があり、それを見つけた老婆が「孫のため、母親に乳を授けて下さい。」と一心に祈願したところ、たちまち乳が出るようになり、祈願が成就したのが乳神信仰のはじまり。その後、母乳授けや病気平癒の乳神様として広く信仰され、御神木の前にはお札参りの幟がたくさん掲げられるようになり、遠くは九州からもお参りがあったと伝えられている。その背景には地元の炭焼き職人が出稼ぎに行った先々で、この信仰を広めたのが要因と言われている。当時、乳神様のお祭りであは、奉納の踊りの輪が二重になる程、たくさんの人で賑わったそうである。昭和37年、老木であった御神木は、台風の被害により倒れるもコブが残り、地元の瀬多来神社の傍らに祠をたててお祀りされ、すると不思議なことに、御神木が倒れたところから、ナラの芽が吹き出し、二代目の御神木が成長していった。命を繋いだお力にあやかろうと子宝・安産・縁結びの信仰が広まった所以である。現在二代目の御神木は、日立建機浦幌試験場様により、垣根で囲い厳重にお祀りされている。昭和57年、乳神様の御神徳を広く世に広めようと婦人等が発起人となり、形を留めていた右側のコブを浦幌神社内にお遷しし、乳神神社としてご鎮座された。今では北海道内は元より、全国各地より参拝者が訪れ、氏子崇敬者の心の拠り所として信仰を集めている。令和4年12月吉日






コメント