別海町内(西春別~大成地区~別海フライトパーク(第一飛行場後)~道道沿い掩体壕~農地内2か所掩体壕~本別地区~第5飛行場跡)
令和2年(2020)1月12日(日) 23.4km 3時間5分
本日は別海町内の戦跡、戦時中に存在した飛行場跡をめぐるランニングである。今回の散策にあたり、以下のサイトが参考になった。
http://www.kassouro.com/runway/kenebetsu.html へのリンク
http://jm-hokkaido.sakura.ne.jp/san-08.html へのリンク
https://airfield-search2.blog.ss-blog.jp/kenebetu-airfield1 へのリンク
【計根別飛行場群について】
各種ネット等から参考にまとめると次のとおり。
旧陸軍は、1942年にまず第一飛行場を着工、その後本土来襲時に被害を分散しつつ、飛行場の機能維持を図るため、最終的には飛行場が五つも作られることとなった。
各飛行場は連絡誘導路によって結ばれ随時移動することが可能であった。
・第一飛行場跡・・・現在は、別海フライトパーク。旧誘導路と旧格納庫を結ぶ接続誘導路の一部が別海フライトパークに残っている。
・第二飛行場跡・・・所在地:別海町大成。現在は農地に転用され確認困難。
・第三飛行場跡・・・所在地:別海町西春別。現在は農地に転用され確認困難。
・第四飛行場跡・・・航空自衛隊計根別飛行場として滑走を延長の上使用中。
・第五飛行場跡・・・明治乳業西春別工場の北側の斜めの道路となっている。
西春別駅前跡に車を停めて、道道大成西春別線を大成まで走る。青空の下の雪原が美しい。大成地区にきて左折するとすぐに、小さな祠の大成神社があった。しばらく走ると、道路と斜め状に横切る防風林があった。後で調べてみるとおそらく標津線の跡だったようだ。
防風林を過ぎると別海フライトパークに到着。フライトパークに人がいたので、お邪魔して周辺情報を伺う。ここは第一飛行場があったところで、旧誘導路と接続誘導路の一部が別海フライトパークだそうだ。そして近くの掩体壕の場所も聞くことができた。さらに驚いたのが、隣の事務所みたいな建物の前には、旧格納庫の壁が残っているというのである。
フライトパークを後にして、道道中標津標茶線を左折してしばらく行くと、右手に掩体壕が見えた。そして、そこから1km程度南下すると2か所の掩体壕を確認することができた。
その後、本別地区を経由して、西春別方面への道路を走る。ここの道路だけが周辺の道路と違い斜め状に直線となっている。ここは第5飛行場跡である。直線を過ぎると道は湾曲し、西別川を渡ると明治乳業西春別工場にに到着した。
別海町の農家地図を見ると、西春別市街地の近くに「別海観音」がある。気になるので行ってみると、草原の中に巨大な金色の観音様がそそり立っていた。巨大な観音様からすこし離れたところには小さな観音像も数体ある。最近は管理されていないようで、周囲には草が生えていた。
西春別市街地に入り、上西春別小学校には柏の大木があった。別海町の指定文化財のようである。説明版を転載する。
【上西春別小学校の柏】
・所在地:西春別駅前西町2番地
・規模数量等:カシワ2本(推定樹齢200年)
・所有者:上西春別小学校
・由来:西春別駅前市街の開墾とともに、数多くの大木が失われたが、このカシワの大木は地域住民のシンボルとして残されたものであり、又、小学校グランドの横にあることから数多くの卒業生の思い出の大木である。
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