北見市散策

廃線・廃駅

令和5年(2023)7月27日(木)北見市散策 約2.5km、29分

北見駅周辺(D50 形式蒸気機関車、ハッカ記念館、小林篤一胸像、三輪龍揚胸像、天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑、旧ふるさと銀河線跡)

北見出張2日目の朝、北見駅周辺を散策ランニング。陸橋を渡るとD50蒸気機関車、ハッカ記念館、開拓の先人の胸像、旧ふるさと銀河線の跡があった。

【D50形式蒸気機関車】大正年代のわが国の産業の発展に伴い輸送力ぞうきょうのために貨物用9600形より強力な蒸気機関車が必要となり制作された380両のうち1両である。大正13年に制作されてから昭和45年までの47年間道内で勾配線区の急行旅客列車や石炭輸送に活躍した。

【ハッカ記念館】当地での本格的なハッカ栽培は、明治30年代半ばに上湧別から種根を譲り受けて始まったと言われており、その後、作付面積が急増して当地の基幹産業となったが、これを支えたのが、北見薄荷工場の建設と言えよう。北見薄荷工場は昭和9年に操業開始し、昭和14年頃には、世界のハッカ製造の7割を占めるほどになったが、戦後、合成ハッカの台頭などにより出荷量が減少し、昭和58年に閉鎖された。ハッカ記念館の建物は、薄荷工場の事務所兼研究室として昭和9年から工場閉鎖時まで使用されていたもので、当地方のハッカ産業を物語る貴重な文化財の一つである。

【小林篤一像】氏は兵庫県の出身で、明治43年美唄市に入地。大正8年北海道信用購買販売組合連合会役員に就任し、ハッカ工場、製糖工場等の建設に努力するととともに北方寒冷地農業の確立に寄与された功績をたたえ、ホクレン農業協同組合連合会が、昭和34年11月建立したものです。なお、像は本郷新の中期の頃の作品です。

【三輪龍揚像】氏は熊本県出身で札幌農学校(現北海道大学)を卒業後、日本勧業銀行に勤務し、昭和7年北海道信用購買販売組合連合会長に就任。ハッカ生産者の利益を守るためハッカの統制栽培を導入し、ハッカの精製及び製品化の必要性からハッカ工場の建設等に尽力した功績をたたえ、北見管内産業組合及び関係者が、昭和12年10月に建立したものです。なお、像は北海道彫刻界の先駆者となった本郷新の初期の作品です。

【天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑】「行幸啓昭和二十九年八月十日小林篤一謹書」昭和29年、8月12日天皇陛下、皇后陛下がご来道の折、北見市を訪問され、天皇陛下が北見ハッカ工場をご視察されたのを祈念して、北海道販売農業協同組合連合会が建立したものです。

【旧ふるさと銀河線】(説明板等はなし)

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