開拓記念碑(網走市嘉多山隆法寺)

石碑等(開拓記念碑)

令和8年(2026)1月17日(土) 網走市嘉多山63

 網走市の天都山にクロスカントリースキーの練習に向かう途中、少し時間があるので卯原内方面を経由して行くことにする。道道591号線を通り隆法寺のところに開拓記念碑があった。

【紀元二千六百一年記念 開拓記念碑】旧字体は新字体としている
新潟県頸城軍嘉多山吉郎兵衛氏資性篤実夙抱開拓之志明治三十余年捨郷渡道而創始嘉多山農場蔦草寒煙之中拓荒蕪具嘗創業之艱矣時遷歳改爾来幾十星霜為兵庫県神戸市乾新兵衛氏後継承之所有経営有年次亘農場四百余町歩起開放之議也謄振圀勇払郡早来住人平野仙松氏乃欣舞平先致力於氏有未墾地斡旋竟能斎今日之繁盛矣今当迎紀元二千六百一年之佳歳此地創始開拓六周年于暫斯我等壽昭和一新者倶倚偕円而茲建碑以記念開拓於無窮云 網走中学校教諭 澁谷智夫撰文 昭和十六年 共和償還組合員建立

(AIによる現代語訳)
新潟県頸城郡の嘉多山吉郎兵衛という人物は、誠実な性格で、若いころから開拓への志を抱いていた。 明治30年代に故郷を離れて北海道へ渡り、「嘉多山農場」を開いた。蔦のからむ荒れ地と寒煙のただよう厳しい環境の中で、苦労しながら開拓を進めた。
その後、時代が移り、数十年が経つうちに、この農場は兵庫県神戸市の乾新兵衛氏が引き継ぎ、長年にわたり経営してきた。農場は四百町歩あまりに及び、ついに開放(開拓地の解放・分配)の議が起こった。
このとき、勇払郡早来の住人・平野仙松氏が奔走し、未開地の斡旋に尽力したことで、今日の繁栄が実現した。
紀元2601年(昭和16年)の佳き年、ここに開拓開始から六周年を迎えるにあたり、私たちは昭和の新時代を寿ぎ、この地の開拓を永く記念するために碑を建てる。
撰文:網走中学校教諭・澁谷智夫 建立:昭和16年 共和償還組合員

 裏面には顧問や発起人の名前が刻まれていた。

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