佐間口・忍城

城郭・チャシ

令和6年(2024)4月30日(火) 埼玉県行田市本丸17-23

 旅の最後の訪問地は、忍城である。途中、枡川・川端酒造という古い酒蔵を発見。行田市の市街の中に忍城はあった。映画「のぼうの城」の舞台であったと言われている城である。再建のようだが、戦国時代らしきたたずまいだった。

 忍城手前で佐間口の説明板があった。

【佐間口】
天正18年(1590)に石田三成 らの軍勢が忍城を攻めた際、忍城 主成田氏長 の家臣正木丹波守利英 が ”佐間口” の守りを固め、死闘を繰り広げたと伝えられています。
 この天神社付近がその ”佐間口” にあたり定かではありませんが、正木丹波守 の屋敷がこの付近にあったとする説もあります。
 天神社の道を挟んで東側にある臨済宗円覚寺派天真山高源寺は、”佐間口” の合戦の戦死者を弔うために正木丹波守が建立した寺院であると伝えられており、正木丹波守の墓碑も山門脇に残されています。
 この ”佐間口” の戦いなど忍城をめぐる攻防戦で、正木丹波守が奮戦したことが『成田記』、『忍城戦記』、『増補忍名所図会』などに記されていますが、これらが記されたのは合戦から100年以上も後で、その内容をそのまま史実であると考えることはできません。
 残念ながら ”佐間口” でどのような戦いが繰り広げられたのか不明ですが、この天神社境内周辺には、いにしえの ”佐間口” の攻防戦を感じ取れる雰囲気が残っているようにも思われます。
平成23年

【忍城】
 関東七名城の一つとされる忍城は、室町時代の文明年間(1469年~1486年)の初め頃に築城されました。時は戦国時代の終わり、豊臣秀吉の関東平定に際して、石田三成らによる水攻めにも果敢に耐えたことから「浮き城」の別名が生まれたと伝えられています。現在の忍城御三階櫓は、明治維新の際に取り壊されたものを再建したもので、最上階からは市内の景色が一望できます。

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