札幌村創建百年記念碑・白石村水田発祥の地・月寒駅跡

廃線・廃駅

平成29年(2017)12月3日(日) 11時頃出発(約3時間) (約21km) 家~環状通~白石村水田発祥の地(白生公園)~月寒駅跡~菊水~すすきの~狸小路

 今日はお昼頃に雪も止んだので、白石方面で行っていない史跡を訪問に走りに行くことに。家を11時ころに出発後、何回も通っている環状通を走ると、北14条東15丁目の本龍寺のところに「札幌村創建百年」の記念碑があった。
 その後、豊平川を渡って、JRを越えてすぐに右折すると、結構広い白生公園があり、公園の端っこに白石村水田発祥の地碑があった。
 解説版から転載。

【白石村水田発祥の地】 
 明治の初め、北海道は稲が育たない地として、もっぱら麦と畑作が農業の中心でありました。この地に入植した旧白石藩士の人たちは、明治7年に故郷から種籾を取り寄せ、稲の作付けを試みましたが、厳しい気象条件に打ち勝つことができず、一粒の米も収穫出来ない年が続いたのです。しかし、こめに対する強い思いと、旧白石藩士としての団結心で、この白生公園一帯の荒れ地を共同で開墾、明治16年、初めて79俵(約5.5キロリットル)の収穫をあげたのでした。白石米第一号の誕生です。その後も、日照りや冷害、病害虫に強い稲の品種改良を重ね、その努力が実って、毎年、少しづつ収穫をあげていくことができました。白石村の稲作成功は、やがて、札幌近郊に稲作を広めることとなり、水田経営の模範としてたたえられたのでした。


 説明版には米軍が撮影した昭和23年頃の写真があるが、ここらへん一帯が水田だったようであり、びっくりだ。

 その次に、次の目的地である、白石サイクリングロードのアサヒビール工場近くにある月寒駅跡に向かう。この駅は、「ツキサム」ではなく「ツキサップ」と読むそうだ。堀純一著の「地図の中の札幌」によると、当時、周囲の読み方がツキサムになっていたのに、昭和51年で廃止される直前まで、ツキサップで通したことは大変評価されるそうな。
 国鉄千歳線は、1973年9月9日の千歳線付け替えに伴い旅客営業を終了し、その後は貨物用に使われていたものの1976年10月1日を以って廃止となった。旧・月寒駅は旧千歳線のアサヒビール北海道工場のところにあった。 実際の住所は札幌市白石区栄通4丁目で、豊平区の月寒は近いものの、それほど食い込んだ場所にある訳でもないがなぜか月寒駅。 同駅から貨物列車を出していたアサヒビール北海道工場は現在も稼動しており、千歳線の線路跡はサイクリングロードに整備されて久しいとのこと。

 インターネットによると、アサヒビールが整備した説明版があるとのことだが、見つけられない。サイクリングロードからすこし外れて、アサヒビールの工場の南側を散策すると、それはあった。平成3年にアサヒビールが作ったそうである。アサヒビールも素晴らしいことをするものだ。月寒駅駅跡をあとにし、国道36号線を通って大通に向かう。

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