聚富開拓の碑・伊達邦直侯主従北海道移住の地

旅ラン

石狩市八幡~(国道231号)~厚田区聚富~聚富開拓の碑~伊達邦直侯主従北海道移住の地碑

 令和2年(2020)5月12日(火)6.4㎞ 54分

  石狩の灯台や番屋の湯の対岸にある石狩市八幡も歴史があると考え一度走ってみたかった。そうした中「小樽・石狩秘境100選」に伊達邦直侯の碑があると書いてあるので、走ってみることに。
 石狩市八幡のコミュニティセンターに車を停めて国道を北上する。走り始めて2kmほどでフロンティア乗馬クラブに到着する。ここは会員制ではない乗馬クラブであるが、一度体験したいものだ。そこからすぐ北の交差点に聚富開拓の碑があった。

【転載はじめ】
 本聚富地区の開拓は明治初期にその第一歩が記されたが海浜の砂地農法の困難から挫折第二次大戦後の農地改革制度の進行に伴い地区開拓計画樹立の基本要領にのっとり昭和二十六年地元農民の強い要望で地区計画が樹立併せ買収が行われ再び開拓の鍬が振られた昭和二十八年二月二十人の入植者で聚富開拓農業協同組合を設立開拓地に力を入れ排水灌漑施設客土農道等の補助事業も短期間に完了昭和三十三年九月には諸工事の落成記念式を挙げたこの事は行政諸官庁の適切な指導と本地区の特殊事業を深く理解された賜である事を特記する
 組合設立以来二十年組合員は終始谷口利行組合長を中心に営農基盤の早期確立と水田酪農の混同経営による農家経済の安定更に組合の円滑運営に限りない努力と多くの苦闘に耐え今日の美しく豊かな強度を築いた
 そして第三期北海道総合開発計画はこの地に新しいスポットを当て飛躍的発展の可能性を示している
 昭和四十七年十月二十日 開拓乃碑改築記念に記す
【転載終了】

 開拓の碑から、西に河口に数百メートル向かう伊達邦直侯の碑があった。明治の初めに北口の寒冷の地に降り立った殿様と家臣団のことを思うと涙がでた。

【転載はじめ】
 シップ開拓場の記
 明治四年(1871)旧暦四月 仙台藩岩出山 伊達邦直主従五十一戸 百八十名は この地厚田郡シップに入植した 元来奥地の空知郡奈井江開拓のための前身地で 海と石狩のマチが近く 移民が一時滞留したり 輸送に便利なところとして貸し与えられた土地である 同年 トウベツが開拓に適していることを聞き 実地調査の結果をもって 開拓使に嘆願し トウベツ再移住が決まっていった シップでの越冬はきびしかったが この間に八人の新生児が誕生し 将来に明るい光をみることができた 本庄睦男の歴史小説「石狩川」の舞台もここシップであった こうして当別開拓の方向に定まった歴史的位置を後世につたえるため 父祖の功績を称え 当別 岩出山良町民のあつい敬愛の思いをこめて本碑を建立する
【転載終了】

 その後、石狩川沿いの道を走り、寂れている八幡の浜沿いの市街を通って帰った。

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