金比羅神社

石碑等(開拓記念碑)

平成30年(2018)4月14日(土)

 根室市内をランニング(金比羅神社)約10km
 
 早朝に中標津で震度6弱、根室市で4の地震があり、午前中は出勤。午後はあまり遠くに行けないので、根室市内を散策ランニングすることにする。
 明治公園~駒場町~金比羅神社~海岸通~岬町~ハッタリ川~総合運動公園~宝林町~家

 途中ランニングしているときに、金比羅神社にお参り。前回来た時にはきちんとレポートしていなかったので、ここに詳細を記す。
 高田屋嘉兵衛が文化3年(1806年)に創祀した歴史ある神社であるが、境内の随所にその痕跡が残っている。また、ここのお祭りは北海道の3大祭り(札幌市の『北海道神宮例祭』、根室市の『金刀比羅神社例大祭』、江差町の『江差姥神大神宮渡御祭』)の一つでもあり、1.5トンのお神輿が社務所で無料で見学できる。
 
【由緒・ホームページより】
 御祭神は古来「こんぴら様」として、信仰多き讃岐「金比羅宮」の御祭神大物主神を主神に、事大主神、倉稲魂神の御三神をお祭りしております。
 文化3年、北洋漁業開拓者高田屋嘉兵衛が統治法の漁業請負中、その守護神としてお祀りしたのを初めといたします。
 爾来当地方の開拓が進むにつれ氏神としての深い信仰を集め、家内安全、子孫長久は勿論、漁業、殖産・商業の守護神として、年と共に神威おおく深い崇敬を集めております。

【佐重門】
 昭和35年4月吉日とあり、結構古い。

【龍の画】
 「画 不仙」大正15年8月、寺村大吉奉納。

【辰悦丸の図】
 高田屋嘉兵衛所有船、奉納主松浦義信・静、昭和61年8月

【「敬神」の揮毫】
 奉納主「米内光政」。当時の海軍中将、海軍大臣、第37代内閣総理大臣。

【行幸記念碑】
 昭和11年9月28日昭和天皇が当神社に行幸。当日は荒天にもかかわらず、多数の町民が奉迎。

【安政2年の石灯篭】
 この石灯篭は安政2年(1855)に作られたもので、中台に「安政2年乙卯三月建立」、竿に「柏屋船頭中子モロ支配人番人中」と刻まれている。「柏屋」は当時、根室地域を支配していた場所請負人藤野家の屋号であり、その支配人が寄進したものである。

【戦友会碑】
 日清・日露の両戦役に兵士として出征した根室出身者が従軍を記念して昭和3年7月にこの碑を建立す。「義勇奉公」は時の第7師団長渡邊錠太郎が題し、碑文は三浦子覚、書は前田浩による。

【海上遭難者乃碑】
 昭和29年5月9日~10日にかけて道東地方を襲った暴風雨により、漁船38隻遭難、犠牲者323名に及ぶ大災害となる。よくね、海上遭難者の霊を弔うべく、町民賛助のもとにこの碑を建立す。

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