北斗市大野(光明寺・意富比神社)

戦跡・古戦場

平成24年(2012)9月22日(土) 北斗市(旧上磯体育館~上磯市街(種田家・有川神社)~一本木(一本木稲荷神社)~千代田(千代田稲荷神社・藤田市五郎翁碑)~旧大野町市街(光明寺・意富比神社)~観音山(144m)~文月(法亀寺・文月地蔵堂)~戸切地陣屋跡~清川~旧上磯体育館) 11:00~15:00頃

【光明寺】
 函館の高龍寺を本寺とし、明和4年(1767年)光明庵として建立されたのを起源とする曹洞宗のお寺。箱館戦争戦死者の墓(備後福山藩、越前大野藩、松前藩)の他、旧幕府軍戦死者(永井蠖伸斎、網代清四郎)の墓がある。永井蠖伸斎は衝鉾隊幹部として各地を転戦したが、明治2年(1869年)4月29日矢不来の戦いで死亡。網代清四郎は仙台額兵隊の指図役であったが、永井蠖伸斎と同じ4月29日有川にておいて戦死した。

 煉瓦の家、中村家。旧大野町役場。

【意富比神社・戊辰戦争古戦場】
 明治元年(1868)、箱館戦争の際、今の峠下から五稜郭へ向かおうとする榎本軍大鳥圭介部隊と、阻もうとする官軍藩兵とが、旧大野町市渡で遭遇戦となり、この意富比神社境内を中心に戦闘になりました。この間大鳥部隊の放った大砲の弾が、今の十字街や下町あたりの家にあたって燃え上がり、強い北風にあおられて十数軒が焼失したそうです。村民は銃声や火災に逃げ惑ったそうです。

 久々に鈴木牧場でアイスクリームを食べる。

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