栗山町開拓記念館

旅ラン

平成28年5月3日(火祝) 栗山駅~栗山神社~国道234号線~角田~三日月~栗山駅 12.9km 1時間46分

 本日は、門別競馬場に行く途中に、栗山町で走ることにする。ゴールデンウイークで高速道路が激混みであり、札幌北インターを回避して、札幌ジャンクションから高速に乗り、江別東インターで降り、南幌町を経由して栗山町に向かう。 
 道の駅がある桜丘PAが混んでいたので、栗山駅に車を停めて走り始める。栗山神社でお参り後、国道234号線を南下。角田集落に到着。
 少しさびれているが、お寺が並んでいる外れに開拓記念館があった。ここは角田藩の侍たちが開拓した地で、なかなか面白かった。
 帰りは、線路沿いを田園風景の中、栗山駅に向かう。

 以下、開拓記念館に書いてあった説明文から転載する。

 【泉麟太郎と栗山町】
 明治21年、旧角田藩士泉麟太郎を中心とする一行24名が、未開の原野に開拓の鍬を入れて約100年、栗山町は南空知の中核都市として、心のふれあう豊かな文化都市をめざして、開拓者の意志を受けつぎ町づくりが進められている。
 栗山町の前身は、麟太郎翁の郷里の名をとって、「角田村」と呼んでいた。町制施行の時に町名変更で大問題になったが、昭和24年に「栗山町」と改称された。栗山町の地名はアイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ」(栗の木の繁茂している所)に起源がある。昭和38年、役場新庁舎を角田から栗山の現在地へ移転する。・・・。

【泉麟太郎】
 泉麟太郎は、旧仙台藩角田領主であった石川家の家臣。1869(明治2)年、石川邦光が室蘭郡支配を命ぜられると、翌年角田から移民団を引き連れて室蘭に入地。しかし土地が狭く地味が豊かでないことに限界を感じ、1888(明治21)年に同志と夕張開墾起業組合を結成し、夕張川右岸のアノロ原野の貸下を受けて開墾に着手、1890(明治23)年には郷里の名と同じ角田村と名づけた。泉は起業組合をもとに真成社を起こして角田と長沼の開拓を進め、1895(明治28)年には水利組合の工事委員長となり造田にも成功、また私費で道路を開き、亜麻製産を奨励し、角田村総代や角田村長もつとめた。

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