三吉神社

石碑等(開拓記念碑)

札幌市中央区 三吉神社(札幌市中央区南1条西8丁目)

令和3年8月30日(日)8.9km 1時間26分

 身体がなまっているので、ご近所ランニング。南1条電車通りの三吉神社まで走って往復した。境内には他の神社にはない碑がある。

【三吉神社由緒概要】
 1878(明治11)年5月秋田県出身の木村藤吉が、秋田県・太平山三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎したのが創建である。8日を祭日として武田萬水に託し遷座祭を執行するが、「この地所は火除地に接するを以て除宮すべし殊に参詣人を許さず」との達しがあり、翌1879(明治12)年4月、渡島通121番地の現社地に遷座する。
 武田萬水が高齢であったことから札幌神社(現・北海道神宮)の禰宜・若林嘉倫に依頼し、毎月8日に小祭を執行することとし、5月8日を例祭日とする。しかしこの日は雨が多く、3代目宮司の佐藤桂は、1924(大正13)年に例祭日を5月15日に変更した。
  1903(明治36)年より例祭日には神輿が市内を巡行していたが、戦争のため1940(昭和15)年に中止する。
 代わって1941(昭和16)年より子供みこしの巡行を行うが、交通事情によりこれも1962(昭和37)年に中止された。
 1977(昭和52)年、社殿及び社務所を造営し翌1978(昭和53)年に百年記念大祭を執行。
 1979(昭和54)年子供みこし復活、1985(昭和60)年には46年ぶりに神輿渡御が復活。

【御使御差遣記念碑】
 碑の右側面には、「昭和十一年十月二日 甘露寺侍從矣向」と、背面には「北海道廳長官池田清謹書」とそれぞれ刻まれています。昭和11年、北海道で行われた陸軍特別大演習に昭和天皇が行幸されましたが、当時随行した甘露寺侍従が御使として三吉神社に御差遣されたことを記念して建てられたものではないかと思われます。勉強不足ではありますが、当時の侍従は甘露寺受長(おさなが)だと思われ、甘露寺家は公家の十三名家の一つです。

【桂月菊花為千秋碑】
 三吉神社の境内にある神楽殿の北側に建つ石碑が「桂月菊花為千秋」碑です。白御影石の角柱で、碑面に大きく「桂月菊花為千秋」と刻まれています。、その左には、「七十老〇〇書」と添えられています。碑の背面には、全景を写すことができませんでしたが、「佐藤菊枝刀自命 昭和二十九年九月十三日 名月夜〇幽 六十九歳」と刻まれています。

【出世稲荷】
 稲荷神社に「出世」の頭文字がつくのは初めて見た。

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